ネコと家族とカメラの日記

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ぷら小屋

私は中学生くらいまで断然イヌ派であった。
つかみどころがなくて、人の顔を見るとすぐに逃げてしまうネコとは相容れない仲であろうと考えていた。

当時からイヌを飼っていた事も関係あるが、飼い主に従順で感情を全身で表すことができるイヌはネコよりも優れていると考えていた。

まだ実家に住んでいた頃、私が中学生になったばかりのある深夜に車のブレーキ音で目が覚めた。
実家の前は比較的交通量の多い幹線道路だ。
大方、無理に渡ろうとした人が危ない目にあったのであろう。
そう思いながら再び眠りにつこうとしたところ、ネコの鳴き声で再び目を覚ました。

ニャーオニャーオとしつこいくらいに鳴き続けている。
私の部屋は通り沿いの2階にある。
あまりにもうるさいので、ネコに何があったのかと思いながら出窓を開けて下をのぞいてみた。

目にしたのは二匹の白いネコであった。

一匹は横たわったままピクリとも動いておらず、絶命しているのは明らかであった。
しかし、もう一匹が前足を使って一生懸命相棒を起こそうと揺り動かしている。
動かぬネコはかわいそうに車に撥ねられたのだろう。

夫婦であろうか、兄弟であろうか、または友人なのであろうか。
ネコは必死になって、すでに事切れているであろう相方を起こそうと動かし続けている。
可哀想で見ていられなくなってしまった。
階下に降りて寝ていた母親に事の顛末を伝えると、分かったからお前は早く寝るようにと部屋に戻された。
布団に入ってもネコは鳴き続けていた。

翌日、朝練で早朝学校に行くために門を出ると、ちょうど祖父が死んでしまったネコを箱に詰めようとしている最中だった。
そこから4~5m離れたところに先日の片割れの白いネコがその場から動こうとせずにじっと相棒を見つめている。
あとで母に聞くと、その後もネコが運ばれるまではその場を片時も離れようとはせずに、じっとそばで相方を見つめていたという。
そして死んだネコが片付けられてしまったあとは、諦めたのかいつの間にかいなくなっていたらしい。

その話を聞いたときに、ネコとはなんと愛情の深い生き物なのだろうと感じた。
大切なものを失ってしまった感情は人とさほど変わらないではないか。
ネコにも強い絆があるのだ。

それ以来、ネコを見る目ががらりと変わってしまった。
ネコの更なる魅力に取り付かれるのはまだまだ先の話である。(^^)

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